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タニオカアイ

ウソとホントの間の話

小林泰三「忘れられた過去と未来の犯罪」

突然、全人類の記憶が十分しか保たなくなったら。

第一部、異変が起きたころの様子を女子高生と原子力発電所員の視点から。理詰めシミュレーション。

作業記憶や言語は可能、脳のどういう生理で、等という疑問には幕間でフォロー。

第二部、「大忘却」以降の世界。外部記憶装置、メモリのおかげで長期記憶があるかのごとく振る舞うことができる。

記憶をクラウドに置いて集合知として扱う手はないのかな。メモリ複数を同時に使うとか。合理的だけど拒否多そうか。

体と記憶、魂はどこに宿るのか問題。知識と知能は別とあり。思考は両方ないと本人として成立しない、けれど組み合わせればそれはそれで、新たな分岐のように人格が作られていく。

そういえば五感以外の記憶スタイルってないのかな。言語化できない無意識の。印象とか感情とか。

現実か幻覚か、輪廻転生の目的も、同じようなことは小説にも言えるのでは。

整合性と面白さは正比例しないから、そこを読ませるのが作家の力かな。

読んでいるうちに、台詞の無機質さに気づく。いろいろなエピソードのなかに時折、現状を理解しようとせず人に頼り切りだったり、度を外れて自分に都合よく解釈する人物が混ざる。不気味なのか滑稽なのかわからないあたり小林泰三感。

ジュブナイルライトノベルとエンタメ小説と文学と、いろいろあってよくわからない。

装丁、著者とタイトルが記されていればあと真っ白くらいでもいいと思ってる。手持ちのイメージ以上のものは、中身から味わいたい。

たとえばアニメ風に装丁を工夫したりしていることについて抵抗が全くないわけではない。とはいえ、これから読み書きする人が手に取りやすくするためのアプローチとして有効なら、それはそれでいいのかな、とも思う。

門戸が広ければ集団の数が増えるわけで、裾野の広い山は高くなることもできる。

料理が映える白い器か、料理を引き立たせる器かの違いくらいなのかもしれない。

失われた過去と未来の犯罪

失われた過去と未来の犯罪