読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

タニオカアイ

ウソとホントの間の話

目に見えない速度の変化

穏やかでいること。

時間をかけること。

判断を急がないこと。

何年か前だったら思いもよらない考え方。そういう考え方がどこかにあるとは知っていたけれど、自分とは違う域の話くらいの感じで。

速やかに冷静な判断を下して行動をする、そこに感情の余地はなかったし、プライベートでもそれが妥当だと思っていた。合理的で効率のいいライフスタイル。能力を努力で補って、評価が高ければ自由が広がるわけで。

振り返れば時間や人に助けられてきたのは実感しているとともに、そこに胡座をかいていてはいけないとも思っていて。

「大丈夫?」は聞いた方が安心するための言葉だったし、「大丈夫じゃないです」と言ったところで問題は解決しなくて。システムに異を唱えることが出来るほどのエネルギーも理論武装もなくて。

心から支えようとしてくれていたとしても、寄りかかれば相手の負担になるわけで、心配りをしてくれたことそのものに感謝して、立ち上がるのは自力でなんとかするしかないと。

受容に至るプロセスの知識があって、受容した格好を整えることはできても、固着したセルフイメージを払拭できていなければ受容していなかったに近い。

建設的な取り組みを試みて失敗して、何度目だろうと思いながら、今はもうエネルギーがないんだと言った。エネルギーを貯めている途中だと考えてはどうかと言われて、そうなのかな、とも思う。

このごろ「希望」またはそれに類する言葉によく出会う。「希望」とはなんぞやと定義やらを深追いすると泥沼にはまる性質なので、なにかそういう概念が砂金みたいにザルに残っているなと眺めている。