タニオカアイ

ウソとホントの間の話

スコット・フィッツジェラルド 村上春樹訳「グレード・ギャツビー」

 僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。
「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」

このような書き出しで始まる「グレイト・ギャツビー」。1922年、郊外にして卵のように海を挟んでいるイースト・ウエスト・エッグでのひと夏の物語。

第一次世界大戦(1914-1918)を終えたアメリカの1920年代は、大量生産大量消費からの世界恐慌を迎えるという目まぐるしい時代だった。その騒がしさは

いっそのこと世界が軍服を身にまとい、いつまでも道徳的に気をつけの姿勢をとっていればいいのにという心情

を僕ことキャラウェイに抱かせている。兵役を終え証券マンとしてニューヨークとウエスト・エッグを行き来するキャラウェイ。隣人、ギャツビーの豪邸では夜な夜なパーティーが開かれている。ギャツビーは

僕が「こんなものは絶対に我慢ならない」と考えるすべてを、そのまま具現したような存在

彼らの対岸イースト・エッグには、キャラウェイの同窓で愛人を持つトムと、親戚のデイジー夫妻が住んでいる。

デイジーはギャツビーと恋仲にあったが、彼が兵役から戻ったときにはトムの妻になっていた。

ギャツビーの華やかな暮らしは対岸にいるデイジーの目にとまりたい一心で行われたものであった。

キャラウェイを間に再び心を通じ合うギャツビーとデイジー。許せないトム。

それらが明るみになった夜、ギャツビーの車がトムの愛人を轢き殺してしまう。



もう一人の登場人物ジョーダンとキャラウェイの関わりもあったりするんだけれど、今回はストーリーより文章を味わった気がする。

他言語から翻訳された作品を読むと、これ原文読めたらもっと味わえるだろうな、というのはいつも思うこと。

ただ、日本人が英語のエキスパートになったとしてもネイティブにはなれないように、言語には文化的背景があるから、日本人は日本人の味わい方になるみたいで。

たとえば半村良井上ひさしの文章を訳すことは難しいだろうし、日本人でも時代が違えば感じ方が違ってくる。

というわけで翻訳は訳者のフィルターを通した作品になるわけだけれど、まあそれはそれで楽しんで読めればよしということで。

あとがきには本書を訳した村上春樹の「グレート・ギャツビー」愛が熱く語られていて、また彼からみるスコット・フィッツジェラルド像が面白い。訳者のルーツや独特の文体にもつながる話になっているので一本のエッセイとしても読める。

小説家であるという前提を持つ訳者としては、

 翻訳というのは、基本的に親切心がものを言う作業だと僕は思っている。意味が合っていればそれでいいというものではない。文章のイメージが明瞭に伝わらないことには、そこにこめられた作者の思いは消えて失われてしまう。僕はとくに本書においては、出来得る限り親切な翻訳者になろうと試みた。ひとつひとつの文章のブロックの意味を、日本語として少しでも明らかにしていきたかった。しかしもちろん何ごとにも限界はある。全力を尽くしたとしか、僕には言えない。

というわけで、村上春樹色の濃い「グレート・ギャツビー」になっている。なお翻訳においてもっとも腐心したという冒頭と結末、各種翻訳があるだけにこれから見比べてみるのも楽しいかもしれない。

ちなみに引用した冒頭部分、原文では

In my younger and more vulnerable years my father gave me some advice that I’ve been turning over in my mind ever since.
“Whenever you feel like criticizing any one,” he told me, “just remember that all the people in this world haven’t had the advantages that you’ve had.”

excite翻訳では

私のより若いおよびより脆弱な年に、私の父は、私に、それ以来の私の心の中で私が引っくり返したあるアドバイスを与えた。
「あなたがどのようなものでも批判したい気がする時いつでも」 彼は私に言った。「ただ、それを覚えなさいこの世界のすべての人々は、あなたが持っていた利点を持っているわけではなかった。"

Google翻訳では

私の若くて傷つきやすい年の頃、私の父は私が私の心の中でそれ以来変わってきたアドバイスを私にくれました。
「誰かを批判する気持ちがあるときはいつでも、彼は私に言いました。「この世界のすべての人々は、あなたが持っていた利点を持っていないことを覚えておいてください。

となっている。21世紀ってすごいなあと感嘆しつつ、文化的背景なり個人的背景があらわれる言葉や小説の面白さもやっぱりあるんだな。

個人的にはギャツビーの表情の描写にその色を強く感じるし、わりと好きな部分。また作品の中でもひとつの転換点になっている。

人に永劫の安堵を与えかねないほどの、類希な微笑み

その微笑みは、あなたが「ここまでは理解してもらいたい」と求めるとおりに、あなたを理解してくれる。自らがこうあってほしいとあなたが望むとおりのかたちで、あなたを認めてくれる。あなたが相手に与えたいと思う最良の印象を、あなたは実際に与えることが出来たのだと、しっかり請け合ってくれる。そしてまさにそのポイントにおいて、微笑みは消える。

留保なき笑み

まるで「我々はそのことをお互いに知りつつも口には出さず、いざというときのために大切にとっておいたんですよね」とでも言わんばかりに。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)