読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

タニオカアイ

ウソとホントの間の話

村上龍「限りなく透明に近いブルー」1/2

米軍基地に近い福生(ふっさ)のアパートに住むリュウ。親しい米兵のドラッグパーティーで仲間たちと乱交したり、ときには暴力沙汰もあったり、刹那の日々を過ごしている。娼婦ともつかない風情のリリーはそんなリュウを見守り、寄り添う。セックス・ドラッグ・ミュージックの青春。

あらためて物語を三つのパートに分解して読んでみる。

まずパーティーのパート。ここでは仲間たちとともに実社会とは乖離した日常、現実からの逃避を描いている。

衝動についてヨシヤマがリュウに話しかけるシーン。

「なあ、リュウ、こうやって吐いてさ、体の中はもうでたらめでフラフラで立ってるのもやっとやろ?そう目もよう見えんよ。そういうときに限って女が欲しくなるわけよ。女がいてもさ、立たんし、もう股ひらくのも面倒くさいんやけどどうやっても女が欲しいわけよ。もうチンコとか頭じゃなくて、体のずうっと奥がムズムズしてくるんやけど、お前どう?わかるやろ、言ってることは」
「ああ、殺したくなるんだろ?抱くよりさ」
「そうそうそれそれ、首をこうぐっとしめてな、バッと裸にして、棒かなんか尻に突っ込んでさ、こう銀座なんか歩いているような女な」

ヨシヤマの稚拙な言葉の方が一言でまとめるよりそのものを表しているのかもしれない。味噌汁も飲めないほどのアルコール依存症であるヨシヤマは、この衝動をコントロールできず恋人にたかり暴力を振るう。

リュウとは性格が反対の存在として描かれるが、自他の衝動について両者はシンクロしていて、リュウの欲求を投影した存在であることが伺える。後述の仲間達の空気をヨシヤマだけは受けいれることができず過去ばかりを見ていて、それもまた帰りたいという願いがある証左かもしれない。

仲間達の衝動は私刑や別離で直接表現される一方、リュウ自身は「オカマみたい」「フェイ・ダナウェイ」と評され、女装して外国人達に使われることで解放されている。

自分は人形なのだという感じがますます強くなる。あいつらの思うままに動けばいい、俺は最高に幸福な奴隷だ。

何者でもない、物になることで何者かにならなくてもよくなる。現実も逃げることも衝動も衝動をコントロールすることも、すべての権利が剥奪されることで義務からも解放されるという幸せ。

「トパーズ」などではサディスティックな視点から描いているものと思っていたけれど、ここでは上記のように男女となく全身を使われマゾヒストそのものの視点にある。

解説では並列表記とされている表現方法を用いることで、グロテスクさや悲壮さより一歩引いた映像を見ているような感覚が与えられる。

仲間達ははしゃぎながらもこういう時間は長くないことを悟っている。

「もうすぐ何聞いてもたまらなくなるようになるかも知れないな、みんななつかしいだけになってさ。もう俺はいやだよ、リュウはどうするんだ?もうすぐお互いにはたちになるんだからなあ。」

「あたしはまたパーティーがあれば来ると思うわ、だって遊べるときは滅多にないじゃない?面白いことなんてないもん、どうせ結婚するんだし」

それぞれに対してリュウは同様に悟っているような会話しているが、問いに答えることはできていない。

つぎにリリーのパート。恋人であり観察者としてのリュウを見守っている、鏡のような存在のリリー。

問いに答えられなかったリュウは何かにつけ一歩引いたようなスタンスを保っている。今しかできないことを全力で楽しめていないその態度についてリリーは指摘する。

「あなた何かを見よう見ようってしてるのよ、まるで記録しておいて後でその研究する学者みたいにさあ。小さな子供みたいに。(略)リュウ、ねえ、赤ちゃんみたいに物を見ちゃだめよ」

観察者として物事を見るにはあまりにも素直で脆弱である自覚がなく、それゆえに深く堕ち戻れないのではないか、戻りたくないのではないかと危惧する。

夜のドライブで薬の切れかかったリリーが錯乱し車が基地に突っ込む。殺してと言うその首にリュウが手をかけたとき、夜明けが来る。

青白い閃光が一瞬全てを透明にした。リリーのからだも僕の腕も基地も山々も空も透けて見えた。そしてぼくはそれら透明になった彼方に一本の曲線が走っているのを見つけた。これまで見たこともない形のない曲線、白い起伏、優しいカーブを描いた白い起伏だった。
リュウ、あなた自分が赤ん坊だってわかったでしょう?やっぱりあなた赤ん坊なのよ。

破滅的な中で再び生まれ変わる一瞬に救いがみえるものの、破壊されるために再生しているとも言える。

そして現実と自己の隠喩である鳥とパイナップルのパート。冒頭、リュウの部屋。

 僕の部屋は酸っぱい匂いで満ちている。テーブルの上にいつ切ったのか思い出せないパイナップルがあって、匂いはそこから出ていた。
 切り口が黒ずんで完全に腐れ、皿にはドロドロとした汁が溜まっている。

自己の隠喩はほとんど腐っているし何度も潰されるがパイナップルはずっと部屋に置かれている。リリーと夜明けを見た後もパーティーは続き破壊と再生が繰り返される中、

僕はまだ捨てていないパイナップルを鳥にやろうと考えた。

しかしアパートの夫婦や病院の掃除婦の前では姿を現す鳥も、声は聞こえるのにその目は見えないし見ようとすれば逃げられてしまう。まだ捨てていない自己は希望だけれど、弱くて腐っている形のままでは受けいれてもらうことができないのか。鳥のためにパイナップルを庭に放り投げる。

村上龍「限りなく透明に近いブルー」2/2 - タニオカアイ

限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)