タニオカアイ

ウソとホントの間の話

アンドレイ・クルコフ 沼野恭子訳「ペンギンの憂鬱」

三十代半ばの売文稼業、ぎりぎり暮らしていけないことはない。ペットに一羽のペンギン、憂鬱症で心臓が悪い。

90年代のウクライナ、なにが起こってもおかしくない場所。でも僕の生活は扉を閉めていれば大して変わりない。

持ち込みした新聞社で編集長から頼まれた記事は「十字架」。指定された人物の経歴とエピソードを交えた追悼文を書く仕事。「十字架」がつぎつぎに書かれる。人物たちがまだ生きているのに。

知り合った男から娘を預けられ、友人の姪をベビーシッターに雇う。僕とペンギンと娘と妻に見えるようで、気分は悪くない。

「十字架」が新聞に掲載されるようになり、葬儀にふさわしいペンギンの出席が求められる。なにかに巻き込まれているけれど、知ってはいけない。

ソ連がロシアに、ウクライナは独立して、情勢は不安定。とはいえ一市民の僕は生活していくだけでいっぱい。外のことには目も耳も塞いで、仕事の意味を考えるなんてやってられない。ささやかな幸せもいまいち実感がわかないけれど、とりあえず生きていく。

こんな風に書いてしまったら陰鬱そうに見えるけど、ペンギンがそこにいることでなにか軽妙な味わいになる作品。白黒なペンギンが物語に色彩を?そういう意味では錯視画のグレーに近いかもしれない。

ペンギンの体調が変わったあたりから加速する。

訳者はあとがきで「村上春樹に似ている部分がある」と述べている。そう言われてみると無気力ハードボイルドな感じもする。

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)